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食の仕事の可能性_04「élan vital」シェフ 深作直歳氏
かつて、「食べること」はヒトが生きるための手段だったけれど、今はそれだけじゃない。「食」という仕事の意味はますます広く、面白くなっている。食の仕事を“愉しむ人”になること。その先に広がる未来の地図は、まばゆい輝きを放っている。

空間や体験まで含めて“料理”

デザートのタイミングで披露されるインスタレーションアート。
割れたチョコレートから色とりどりのスイーツがこぼれ落ち、ソースを使って文字が描かれる。

渋谷区代々木。明治神宮の北参道近くに店を構える『élan vital(エラン ヴィタール)』は、プロジェクションマッピングを使った『5Dレストラン』。五感すべてで料理を楽しむという、これまでの常識を覆す体験型レストランだ。オーナーシェフの深作直歳氏は
「どこまでを料理としてみるか、ですよね。食材を調理したものを料理と思うのか。見た目まで含めて料理と言う人もいる。誰かに食べてもらうまで、という考え方もある。僕は、この店に来る道中から、食事中の体験や帰宅後の会話まで含めて料理だと思っています」と語る。
例えば、カップルが記念日に店を予約する。仕事を終え、待ち合わせて、店に向かう。ふたりはその道中に目に入るものを、特別な思い出として記憶することだろう。最寄り駅から徒歩5分。新宿西口のビル群を望む都心でありながら、明治神宮の豊かな森が身近に感じられるエリアを選んで出店したのは、来店前から特別な雰囲気を味わえるように、という狙いがあるのだという。

「違うコンセプトの店にも挑戦したい」と語る深作氏。分子ガストロノミーに基づいた焼鳥屋や、農業体験と飲食の組み合わせなど、夢は膨らむ。

店は完全予約制。コースが始まると、店の入り口には鍵がかけられる 。
『ガチャリ』。
わざと大きな音を出すのは、客の潜在的な意識に訴えかける演出だ。薄暗い店内には幻想的なBGMが流れ、テーブルにはプロジェクションマッピングによる映像が投影されている。「料理界にはペアリングという言葉があります。料理と飲み物の組み合わせのことです。僕は、空間を含めて『トリプリング』という言葉を使っています」。
すぐに料理とは結びつかないメニュー名、何に使うのか見当もつかないカトラリー。客は「何が始まるんだろう」とワクワクしながら料理を待つ。
「初めてのデートって、緊張しますよね。でもこういう仕掛けが会話のきっかけになって、自然と笑顔になれる。そのうえ美味しい料理が食べられれば、最高じゃないですか(笑)」。

店の奥には、まるで司令基地のようなモニターの並ぶ小部屋が。ここでプロジェクションマッピングを作成したり、料理の構想を練ったりする。

料理には、人を感動させる力がある

プロジェクションマッピングは独学で学んだ。投影される画像も自分で制作する。新しい演出方法を考えついたら、その仕掛けについて徹底的に調べ上げる。外出先では雑貨屋や洋服屋に立ち寄ることが多いという。
「飲食人があまり選ばない場所に積極的に足を運びます。例えば雑貨屋で『この雑貨を使ったらなにができるかな』と空想するのが楽しいんです」。普段触れないものに積極的に触れることが大切。枠に縛られないことも、新たな発想を得る術だという。
「メニューを考えるときに、僕はまず料理の絵を描くんです。食材ありき、レシピありきだと発想が限られてしまいますから」。

テーブルの上に乗っている卵状の物体は『ウエルカムエアー』。ここでネタばらしはしないので、ぜひ来店時に楽しんでほしい。
ストイックに料理と向き合うことを評価される世界では、深作氏の考え方は受け入れられにくいかもしれない。だが、一般社会では、成長するために柔軟な発想を持ったり、知らない世界を知ろうと努力したりすることは、むしろ当たり前ではないだろうか。
「行き過ぎたこだわりは、ときに押しつけになってしまう。自然と、この食事の場がよかったな、と思っていただくのが一番です」という深作氏の言葉は、これからの飲食業界のあり方を考えるうえで重要なヒントを与えてくれる。

「『衣食住』という言葉がある通り、食は人の暮らしに欠かせないもの。料理には人を感動させる力があるんです」と語る深作氏。

料理を『人を楽しませること』と捉え、さまざまな角度から徹底的にアプローチする。そのためには興味のなかった分野の知識や技術も積極的に取り入れる。型破りかもしれないが、それこそが深作氏の料理人としての誇りであり、愛する料理に対するリスペクトの表れなのだ。

『élan vital(エラン ヴィタール)』
〒151-0053 東京都渋谷区代々木1-20-4 代々木ダイヤビル 1F
TEL: 050-5592-7633
公式ホームページ

2020年2月掲載